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東京高等裁判所 平成元年(行コ)88号 判決

東京都足立区梅島一丁目二九番五号

控訴人

文彰寺

右代表者代表役員

曾谷健一

右訴訟代理人弁護士

長谷則彦

水石捷也

秋元善行

東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号

被控訴人

西新井税務署長

菅原時夫

右指定代理人

堀内明

小野雅也

遠藤家弘

白石信明

右当事者間の所得税の納税告知処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六一年一二月二六日付けで控訴人に対してした源泉徴収所得税の納税の告知及び不納付加算税賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙の区分1記載のとおり源泉所得税の納税の告知(以下「本件告知処分」という。)及び不納付加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

2  これに対して、控訴人は原判決別紙の区分2及び4記載のとおり不服申立てをしたが、いずれも同区分3及び5記載のとおり棄却された。

3  しかし、本件告知処分は、控訴人が住職である曾谷健一(以下「曾谷住職」という。)に賞与を支給した事実がないのに、これを支給したと誤認して行われた違法なものであり、右処分を前提とした本件賦課決定も違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認めるが、3の主張は争う。

三  被控訴人の主張

1  控訴人は、かねて野村證券株式会社千住支店から投資信託を購入して所有していたところ、昭和六一年三月中にその一部を売却し、その代金合計二六五三万一七二四円のうち、同月二六日に一〇八四万五六〇〇円を、同月三一日に五〇〇万円を、いずれも平和相互銀行(現在の住友銀行)梅島支店の曾谷住職名義の普通預金口座に入金した(以下、右の一〇八四万五六〇〇円の入金を「本件第一回入金」、五〇〇万円の入金を「本件第二回入金」、右合計一五八四万五六〇〇円の入金を「本件入金」という。)。右の曾谷住職名義の普通預金口座は曾谷住職個人の預金口座であり、曾谷住職は、昭和六一年四月二七日に行われた自己の結婚披露宴等の私的な費用の支払に本件入金を充てた。

2  控訴人においては、先代住職の時代から住職に対する給与ないし賞与の額の決定、変更及び支払に関する事項については、控訴人の規則に準拠せず、事実上住職が一人で決定していたところ、前記投資信託の売却や本件入金も曾谷住職が自己の結婚費用に充てる目的で一人で決定して行つたものであり、また、右1に述べたとおり、本件入金は実際にも曾谷住職の結婚披露宴等の私的な費用に充てられたのであるから、本件入金により控訴人から曾谷住職に対してその金額の臨時的な給与すなわち賞与の支払があつたものと認定するのが相当である。

3  以上のように、本件入金は曾谷住職に対する賞与の支払とみるべきであるから、所得税法一八三条一項により控訴人が納付すべき本件入金に係る源泉所得税額を同法一八六条二項一号により計算すると、本件告知処分と同額の五〇九万七五一六円となる。控訴人は、同法二一六条に規定する納期の特例の承認を受けているので、その法廷納期限である昭和六一年七月一〇日までに右源泉所得税を納付すべきであつたのに、これを納付しなかつた。そこで、被控訴人は、国税通則法三六条一項に基づき本件告知処分を行つたものであり、適法である。

また、右の不納付による加算税の額を国税通則法六七条一項に基づいて計算すると、本件賦課決定と同額の五〇万九〇〇〇円となるから、右決定も適法である。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否

1  被控訴人の主張1のうち、その主張のとおり控訴人が自己所有の投資信託を売却し、右売却代金二六五三万一七二四円のうちから曾谷住職個人の預金口座である平和相互銀行梅島支店の曾谷住職名義の普通預金口座に本件第一回入金及び本件第二回入金をしたことは認める。

2  被控訴人の主張2は争う。

3  被控訴人の主張3のうち、本件入金が賞与の支払に当たるとした場合の源泉所得税及び不納付加算税の額が本件告知処分及び本件賦課決定と同額となることは争わない。

五  控訴人の主張

1  本件入金のうち、本件第一回入金一〇八四万五六〇〇円は、曾谷住職が銀行から借入れをするにつき、控訴人の預金を担保として提供するため曾谷住職名義の口座に入金したものであり、また、本件第二回入金五〇〇万円は、曾谷住職の控訴人に対する立替金ないし貸付金と清算することを予定して曾谷住職名義の口座に入金したものであつて、いずれも控訴人から曾谷住職に対する賞与ではない。

2  まず、本件入金に関する資金の動きは次のとおりである。

(一) 曾谷住職は、昭和六一年三月二六日、控訴人所有の投資信託CBフアンド八〇〇口について、保護預け先である野村證券株式会社千住支店に売却を依頼し、その売却代金一〇八四万五六〇〇円を同会社振出の小切手で受領し、同日、これを平和相互銀行梅島支店の曾谷住職個人名義の普通預金口座に振り込み、その取立金を同口座に入金した。これが本件第一回入金である。そして、同日、うち一〇〇〇万円を同銀行の曾谷住職個人名義の定期預金にし、同年四月二四日、右定期預金を担保にして同銀行から一〇〇〇万円を借り受けた。

(二) 曾谷住職は、昭和六一年三月三一日、控訴人所有の投資信託CBフアンドの残り一一三二口(以下、(一)の八〇〇口の投資信託と合わせて「本件投資信託」という。)を右(一)と同様の方法で売却して、その売却代金一五六八万六一二四円を取得し、同日、うち五〇〇万円を平和相互銀行梅島支店の曾谷住職個人名義の普通預金口座に入金した。これが本件第二回入金である。また、右売却代金のうち一〇〇〇万円については、同年四月一日、三菱銀行千住支店で曾谷住職個人名義の定期預金にし、同年六月七日、右定期預金を担保にして同銀行から五〇〇万円を借り受けた。

3  本件第一回入金の趣旨

曾谷住職は、昭和六一年四月二六日に結婚式を挙げ、翌二七日に披露宴を行つた。曾谷住職は、その費用を用意するため、控訴人所有の投資信託を売却して控訴人から売却代金を借用することも考えたが、売却代金を銀行の定期預金にし、その預金を担保に銀行から借入れをした方が、金銭の貸借関係が明瞭になり、後日税務調査があつても無用な疑いを招かないと考えた。そこで、曾谷住職は、結婚式及び披露宴の内容がほぼ確定した昭和六一年三月中旬頃までに、曾谷住職の銀行借入れのために控訴人が預金を担保に提供することを承認する旨の控訴人役員会の会議録(乙第五号証。以下「本件会議録」という。)を作成し、控訴人の責任役員及び総代らに説明して、これに承認の署名を得た。

そして、曾谷住職は、右2(一)記載のとおり、昭和六一年三月二六日のCBフアンドの売却代金を曾谷住職個人の普通預金口座で取り立てたうえ、うち一〇〇〇万円を曾谷住職個人の定期預金にし、これを担保にした銀行からの借入金をもつて結婚式及び披露宴の費用に充てた。右定期預金は、本来ならば控訴人の名義で預け入れるべきものであつたが、銀行から、担保にする預金の名義人は借受人と同一にするよう要請されたこともあつて、不用意に曾谷住職個人名義にしてしまつたものである。曾谷住職としては、右定期預金が控訴人のものであつて、曾谷住職個人のものになつたのではないことは十分認識していた。

4  本件第二回入金の趣旨

控訴人は、昭和六一年三月三一日現在、曾谷住職に対して少なくとも約六八五万円の借入債務を負担していた。右借入れは、曾谷住職が控訴人所有の証券類を売却して返済を受ける予定のもとに、本来控訴人が負担すべき寺院の改造、茶道具の購入、業務用自動車の買替え及び火災保険の加入等の費用を立替払いしたことによるものが大半である。右のような立替払いと証券売却による返済は、本件以前にも相当多額にわたつて行われていたところである。

そこで、曾谷住職は、2(二)記載のとおり昭和六一年三月三一日に売却した投資信託の代金一五六八万六一二四円のうち五〇〇万円を、控訴人に対する右立替金と清算する予定で、曾谷住職個人名義の預金口座に入金し、前記の結婚式及び披露宴の費用等に充てたものであり、右入金も控訴人からの賞与ではない。

5  ところで、控訴人に対する本件の税務調査は昭和六一年九月一六日ころから始まつたが、担当調査官は、控訴人の総勘定元帳に本件投資信託の売却に関する記載が脱落していたことや、右売却代金が曾谷住職個人名義の預金口座に入金されていたことを絶対視して、簿外資産による曾谷住職への賞与であると判断し、以上に述べた事実に基づく控訴人の説明を聞き入れなかつた。控訴人の総勘定元帳に本件投資信託の売却に関する記載がなかつたことは確かであるが、控訴人としては、税理士が当然記帳していると信じていたのであり、調査官の右判断には到底承服しがたく、曾谷住職個人の預金口座に入金したことがそれほど問題にされるのであれば、調査官の示唆するところに従い、右入金を控訴人から曾谷住職に対する貸付けとすることによつて税務署の了解を得るしかないと考えた。このため、曾谷住職は、前記の本件会議録中の「担保提供」の文言を「借用」と訂正したり、あるいは控訴人からの借入金を返済する形を整えたりして、後日税務署に提出した。控訴人が原審において本件入金を貸付けと主張したのは、このような経緯によるものである。

六  控訴人の主張に対する被控訴人の認否

本件入金に関する資金の動きが控訴人主張のとおりであることは認めるが、本件入金の真実の帰属及びその趣旨に関する主張は争う。

第三証拠関係

本件記録の書証目録及び承認等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人の代表役員である曾谷住職が昭和六一年三月二六日に控訴人所有の投資信託CBフアンド八〇〇口を売却し、その売却代金一〇八四万五六〇〇円を平和相互銀行梅島支店の曾谷住職個人名義の普通預金口座に入金(本件第一回入金)したこと、及び曾谷住職が同月三一日に同様のCBフアンド一一三二口を売却し、その売却代金一五六八万六一二四円のうち五〇〇万円を右と同一の普通預金口座に入金(本件第二回入金)したことは、当事者間に争いがない。

三  そこで、本件入金の趣旨について検討する。

1  控訴人が本件の税務調査の際に担当調査官に提示した本件事業年度の総勘定元帳に本件投資信託を売却した事実の記載がなかつたことは、控訴人も認めるところである。そして、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、原本の存在とその成立に争いのない乙第二ないし第四号証及び原審証人高橋篤弘の証言によれば、右総勘定元帳の「投資有価証券」欄には本件投資信託以外の証券についての売却の記載がみられ、同じく「雑収入」欄には本件投資信託以外の証券についての売却利益の記載がみられること、また、右調査の際に控訴人が提示した本件事業年度の月別決算総括表、決算書及び財産目録にも本件投資信託の存在及びその売却について記載がなかつたこと、昭和六一年九月一六日の調査の際は、総勘定元帳等を作成した控訴人の税理士も立ち会つたが、右税理士は、曾谷住職から提出された資料に基づき元帳等を作成したものであり、記帳漏れはない旨説明していたこと、甲第六号証の財産目録には、本件投資信託の存在を明らかにする定期預貯金等台帳が添付されているが、右甲第六号証は昭和六一年九月一六日の税務調査後に作成されたものであり、調査当時において控訴人が従前から本件投資信託の存在を明らかにする帳簿書類を作成したことを裏付ける資料はなかつたことが認められる。

右事実によれば、控訴人は、本件投資信託の存在及びその売却を控訴人の帳簿書類に記載せず、本件投資信託をいわゆる簿外資産として取り扱つていたことを疑わせるものである。これに反する趣旨の控訴人代表者の原審及び当審における供述は採用できない。

また、原審証人高橋篤弘の証言によれば、被控訴人は、あらかじめ控訴人に対して税務調査に着手する旨電話連絡して昭和六一年九月一六日の調査に入つたこと、右調査において、曾谷住職から、前記のように本件投資信託の存在及びその売却の記載のない帳簿書類が提出され、この帳簿書類の記載自体の上では格別おかしい点はなかつたが、曾谷住職が同年四月に一〇〇〇万円以上の費用で結婚式と披露宴を行つたとのことから、その費用の調達方法について担当調査官から質問が出され、これに対して曾谷住職は、控訴人所有の投資信託を売却して定期預金を作りこれを担保にして銀行から借入れをした旨答え、その資料として、野村證券株式会社千住支店が本件投資信託を預かつている旨記載された控訴人あての同支店作成の昭和六〇年三月三〇日付「お預かり明細のお知らせ」と題する書面(乙第一二号証)と本件会議録(乙第五号証)を提示したこと、しかし、本件会議録の記載内容に不審の点があつたため、担当調査官がその間の経緯についても更に立ち入つた事情の説明を求めたが、曾谷住職から納得できる説明がなされず、同調査官において野村證券株式会社千住支店等の反面調査を行つた結果、本件投資信託の売却及び右売却代金による曾谷住職個人口座への本件入金の事実が判明するに至つたことが認められる。

右認定のような経緯の中で曾谷住職が本件投資信託の存在およびその売却の事実を答えたからといつて、直ちに前記説示の疑いを否定するに足りるものではないし、また、本件投資信託の売却及び本件入金の趣旨が控訴人主張のとおりであるとするならば、右認定の経緯はいささか不自然であるといわざるをえない。

2  前記のように、乙第五号証の本件会議録は、税務調査の際に結婚費用の調達方法を問われた曾谷住職が、控訴人の預金担保で銀行から借入れをした旨を答え、その資料として提出したものであり、同会議録には、昭和六〇年一一月三日午後三時から午後五時までの間、控訴人方において、責任役員曾谷健一、同曾谷正秀、同杉田武宏、総代堀口千代子及び同奥村昌弘が出席し、曾谷住職の結婚資金を銀行から借り入れるについて控訴人が一七五五万一九四六円の担保提供をすることを承認する旨決定したとの記載がある。

しかし、右記載の会議開催日時は控訴人が当審において主張するところと明らかに異なつており、また、担保提供額一七五五万一九四六円は、本件入金の額とも本件投資信託の売却額とも異なつている。原審及び当審における控訴人代表者の供述を検討しても、曾谷住職が結婚式等の費用を支出する前に右のような端数の付いた金額について担保提供することが決定できたことを合理的に説明しうるものとは認められない。のみならず、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六、七号証によれば、控訴人の責任役員杉田武宏は、控訴人の財産の処分や資金の融通について従来報告を受けることや相談にあずかることはなく、本件会議録に署名してほしい旨頼まれたので、内容が分からないまま署名したが、その時期ははつきり記憶していない旨供述していること、控訴人の総代奥村昌弘も、控訴人の財産の処分や資金の融通について相談を受けることはなく、たまに事後に報告を受けるだけで、本件会議録についても、曾谷住職から、署名するよう求められたので、内容をよく読まず署名したが、内容はよく分からないし、署名した時期は覚えていない旨供述していることが認められる。

右説示したところを併せ考えると、本件会議録は、昭和六一年九月一六日の税務調査前にこれに備えて作成されたものであるとうかがえるのであり、これをもつて控訴人がその主張のような担保提供をしたとの事実を裏付ける客観的資料とすることはできない。右に反する甲第一一号証の一の記載部分及び控訴人代表者の供述はにわかに信用しがたい。

3  曾谷住職個人の普通預金口座に入金された本件第一回入金一〇八四万五六〇〇円のうち一〇〇〇万円が即日曾谷住職個人名義の定期預金にされたことは、当事者間に争いがない。

この点につき、控訴人は、本来ならば控訴人名義の定期預金にすべきであつたところ、銀行から借受人と同一名義にするようにとの要請もあつて不用意に曾谷住職個人名義の定期預金にした旨主張し、控訴人代表者も、当審において、右主張にそう供述をしている。

しかし、右の主張及び供述は、それ自体たやすく首肯できるものではない(控訴人の主張によつても、曾谷住職は、金銭の貸借関係を明瞭にし、後日税務調査があつても無用の疑いを招かないために、本件投資信託の換価代金を直接控訴人から借り入れずに、定期預金にしたうえ、これを担保に銀行から金員を仮り受ける方法をとつたというのであるから、定期預金の名義人を控訴人にするか曾谷住職個人にするかは十分注意したところであると考えられる。)。控訴人の主張からも明らかなように、本件投資信託の売却代金はすべて曾谷住職個人名義の普通預金又は定期預金になつているのであつて、これをたまたまのことあるいは単なる不用意なことのようにいう控訴人の主張及び控訴人代表者の供述は不自然にすぎ、とうてい採用できない。

4  控訴人は、本件第二回入金の五〇〇万円について、曾谷住職の控訴人に対する立替金ないし貸付金と精算することを予定したものである旨主張する。

しかしながら、原本の存在とその成立に争いのない乙第一一号証の一及び原審証人高橋篤弘の証言によれば、控訴人の総勘定元帳の「短期借入金」欄には、曾谷住職が控訴人のために立替払いしたものを控訴人の投資信託の売却代金で返済した事実が何件か記載されているにもかかわらず、右五〇〇万円については曾谷住職の立替金ないし貸付金と精算されたこと、あるいは精算を前提とする処理がなされたことを示す記載はないことが認められる。また、控訴人は、曾谷住職の控訴人に対する立替金ないし貸付金発生の証拠として甲第一七号証の一ないし一七、第一八号証の一ないし一二の領収書類を提出しているが、右支払を控訴人が負担したが、曾谷住職が負担したかを明らかにする的確な証拠はなく、当審における控訴人代表者の供述のみをもつてしては、これを確認するに足りない。

したがつて、控訴人の前記主張は客観的裏付けを欠くというほかない。

5  控訴人は、原審において、本件入金全部が控訴人の曾谷住職に対する貸付けである旨主張し、当審において、本件第一回入金は曾谷住職の銀行借入れに対する担保提供であり、本件第二回入金は曾谷住職の控訴人に対する立替金ないし貸付金と清算を予定したものである旨主張を変えている。

また、原審証人高橋篤弘の証言、控訴人代表者の原審及び当審における尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人の調査に対して、当初投資信託を売却して担保に供した旨説明したが、その点に関する調査が進められているうちに、本件会議録の記載に訂正を加えて「担保提供」の文字を「借用」に書きかえた甲第一号証を作成し、更に、曾谷住職から控訴人に対する一八〇〇万円の金銭借用証書(作成年月日等の記載はなく、利息は毎月三一日限り、元金は二〇一六年一一月三一日限り返済するとの内容のもの、乙第八号証)を新たに作成して、これらを被控訴人に提出し、本件入金は控訴人からの借入れであると説明するに至つたことが認められる。

右のような本件入金に関する控訴人の主張の変化及び態度に照らせば、本件入金に関する控訴人の主張の真実性に疑問を抱かざるをえない。

6  本件第一回入金のうち一〇〇〇万円が曾谷住職個人名義の定期預金とされ、これを担保に提供するという形で曾谷住職個人の結婚式及び披露宴の費用に充てるため利用されたこと及び本件第二回入金も右同様の費用等に充てられたことは、控訴人が自認するところである。また、本件入金のうち右を除く金員についても、曾谷住職の個人的な目的以外に費消されたと認めるに足りる証拠はないから、結局、本件入金は全部曾谷住職の個人の用に供されたものと認めるべきである。

7  原本の存在とその成立に争いのない乙第九号証の宗教法人文彰寺規則によれば、控訴人の事務は責任役員の定数の三分の二以上で決することとされ、控訴人が所有する不動産、有価証券、現金及び預金は基本財産として、その貸付け、交換、譲渡等や控訴人以外の者に対する私権の設定には総代の同意を得なければならず、また、代表役員と控訴人の利益が相反する事項については代表役員は代表権を有せず、この場合には、他の責任役員及び総代の合議によつて仮代表役員を選任することになつているところ、前掲乙第六、七号証、原審における控訴人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人においては、基本財産等の処分や金銭の貸借等についてあらかじめ住職以外の責任役員や総代に相談したりその同意を得たりすることはあまり行われたことがなく、曾谷住職は、自己の給与額を先代の例を参考にしながら自分で決定し、投資信託等の有価証券の売買も住職に任されていると理解して有価証券に関する取引をしていたことが認められる。

右説示したところによれば、曾谷住職は、控訴人の財産を取り扱うについて、個人の立場と控訴人代表者の立場とを明確に区別していなかつたものと推認できる。

8  以上1ないし7で認定・説示したところを総合すれば、控訴人の代表役員である曾谷住職は、控訴人の財産である本件投資信託の売却代金を自己の結婚費用等の個人の用に供するため自己の預金口座に入金(本件入金)し、これを実際に右個人の用に供したものとみるべきであるから、本件入金によつて、控訴人がその代表役員である曾谷住職に対して臨時に経済的利益を供与したもの、すなわち臨時的給与である賞与を支給したものと認めるのが相当である。

四  本件入金が曾谷住職に対する賞与の支給であるとした場合の源泉所得税及び不納付加算税が、それぞれ本件告知処分及び本件賦課決定と同額となることは、当事者間に争いがない。

したがつて、本件告知処分及び本件賦課決定はいずれも適法である。

五  よつて、控訴人の請求は失当として棄却すべきであり、同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 裁判官 小林正明)

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